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『さや侍』

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『しんぼる』の時にも書きましたが、私はコメディアンとしての松本人志さんは好きです。やっぱり天才だと思ってます。最近の番組は観てないけれど…

でも、本作を観てハッキリと判りました。例えお笑いの天才であろうと、映画を創る才能はまったく別物なんですよね。(前回で答えは出てた気もしますが…)

松本さんは今回、観客を泣かせる事に挑戦されました。その心意気には敬意を表します。でも、見事に失敗されてます。

前半は『しんぼる』と同じく、大スクリーンで観るコントでした(私はテレビで観ましたが)。これもねぇ、正直クスリとも笑えませんでした。

切腹を申し渡された罪人の主人公(ほとんど素人に近いオジサンが演じてます)が1カ月間、毎日1回ギャグを披露して、殿様の心を閉ざした一人息子を笑わせる事が出来たら、無罪放免になるという設定です。

そんな設定の強引さには目をつむります。その前に主人公が刺客に襲われ、背中をバッサリ斬られても脳天を撃ち抜かれても全く元気、という描写があり、これはファンタジーだからリアリティーは気にしないでっていう、エクスキューズと言うかまぁ、言い訳を見せられてますから、細かい部分を突っ込んでも仕方がない。

で、主人公が毎日見せるギャグにもまったく笑えないワケですが、これもストーリーの流れだから仕方がない。ただ、それを延々と見せられる1時間近くがひたすら苦痛なだけです。

↑これはバラエティー番組のコントなら笑えるんです。必死になって下らない芸をする素人のオッサンを見て、クスクス笑う松本さん達のリアクションを見て視聴者は笑う。

でも、フィクションの映画である以上、そこに松本さん達の姿は見えない。だから笑いようが無い。こんなコントが映画で成立するワケがないんです。誰か教えてあげる側近はいないんでしょうか?

でも私はそれより、泣かせにかかる後半の展開に注目しました。松本さんは今まで、そこから逃げてるように私は思ってましたから、今回は泣けるドラマがあるとの触れ込みに、ちょっと興味をそそられたんです。

もう、残念としか言いようがありません。松本さんがこれまで馬鹿にして来たハリウッド・メジャーや、それを真似する邦画メジャーがやってる「記号演出」と、ちっとも変わらない。それを更に真似する素人のレベルだと私は感じました。

主人公の必死な姿を見て、町民達や殿様までもが彼を応援するようになって行くんだけど、自分の命が懸かってるんだから、そりゃ誰だって必死になりますがな!

そんな当たり前の光景を見たところで、切腹を言い渡されるような罪人に対して好意を持つもんでしょうか? 彼のやってる芸はまったく一人よがりで笑えないのに!

しかも、彼のやるギャグは全て、牢屋番の板尾創路さんと柄本時生くんがアイデアを練り、大がかりなセットまで用意してあげてるんですよ? 彼はただ、言われるままやってるだけなんです。これじゃ我々観客も応援する気になれないですよ!

その主人公が「さや侍」って呼ばれる所以もおかしいんです。愛する妻が結核で亡くなったショックから、彼は刀を抜けない、鞘だけを持ち歩く名ばかりの侍になってしまった… って、なんで?

妻の病死と刀がどう繋がるのかサッパリ分かんないし、その設定も彼の娘が台詞で説明するだけだから、悲しみがちっとも伝わって来ない。

そして最後、大したネタじゃないからバラしちゃいますが(ここまで読んでも本作に期待する方は読まないで下さい)、主人公は最後の最後、切腹する道を選ぶんです。

つまり、名ばかりの侍が、最後に本物の侍になった。だから泣け、とばかりに感動的な音楽がかかってスローモーションになるんだけど、たった一人で残された娘はどうなるんだ? その後で娘が殿様の息子と結ばれるであろう事が示唆されますけど、それで幸せになったとしても結果論です。

主人公はそんな未来を全く知らないのに、侍としての誇りを急に優先して勝手に死んじゃった。それまて必死にギャグを見せて来た事も、あくまで自分が生き延びる為です。いくら妻の死という悲しみを背負ってるからって、こんな自分勝手で他力本願な男の死に、どうして泣けましょうか?

主人公の死後、彼が遺した自省の句が読み上げられて娘が泣くんだけど、その句にやがてメロディーがついてフォークソングみたいになっていく。

取ってつけた感動的な台詞(歌詞)と、感動的な音楽、そして涙を流す少女の図。典型的な「記号演出」です。これで泣けるとしたら、本当にパブロフの犬ですよ。条件反射で泣くよう躾けられた、犬です。

残念です。私はひと昔前に松本さんが雑誌に連載してた映画評を、けっこう楽しみにして読んでたんです。今にして思えば「ええー、そうかぁ?」って言いたくなる内容の文も多かったんだけど、まさかここまで映画を解ってない人だったとは!

一番問題なのは、松本人志が監督するからって、こんな安易な企画、こんな穴だらけの脚本に、Goサインを出しちゃうプロデューサーはじめ、松本さんの取り巻き連中ですよ!

世間で言われてる通り、本当に「裸の王様」なんですね。…って、『しんぼる』の時にも書きましたっけw あの時、そんな世間の批判が彼らの耳に届かなかった筈がないだろうと思うんだけど、全く改善しようという意志が見られない事に、もう愕然としちゃいます。

放っとけばいい、無視すればいい事なんだけど、私は芸人としての松ちゃんのファンでしたから、なんだかショックです。

そして、有名人が撮ればこんな映画でも大々的に宣伝され、華々しく公開されてしまうという、日本映画界の破滅。まぁ、今に始まった事じゃないですけど…

哀しいです。チョメチョメ。

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